こんばんは。

今日は憲法記念日でした。

今日も井沢元彦先生の日本史関連の本を読んでました。

歴史に没頭しようと思って読んでいたんですが、「なぜ建武の新政は失敗したか?なぜ後醍醐天皇は・・・?」という中で、現代にも通じる「軍事と穢れ」について触れていました。

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【穢れ思想と神風】

結論から書くと「現代の日本人の護憲・改憲、平和憲法論は、平安時代からの「穢れ」思想や元寇の「神風」といった日本独特の文化論でもあるな・・・と思いました。

この改憲論や平和憲法論といった議論に違和感をお持ちの方は、井沢元彦の本を読むと少しだけすっきりするかもしれません。

法律論や平和憲法論?といった法律・安全保障の問題は、日本史において現代だけの問題かと認識していました。
実際には、常備軍がなくなった平安時代からの「軍隊は穢れの仕事」という朝廷の認識、また「神風によって日本は元寇から守られた」という朝廷・寺社の強硬な主張が、現在に至るまで1000年以上続いていたのか・・・と読みながら考えさせられました。


【現代でも歪みながら脈々と生きる南朝の思想】

吉川栄治の「私本太平記」や建武の新政を調べていると、後醍醐天皇は全権を掌握したにも関わらず、軍事や調停等は足利尊氏の私的な機関に一任、というよりも「我関せず」という雰囲気が全面に漂っています。

これまで、足利尊氏の武士からの人望が厚すぎて、朝廷側も関与出来ないのかと思っていました。
しかし、実際には後醍醐天皇の帝王学・朱子学・王権復興思想の中で、軍事・武士といったものは、本当に軽視していたんだな・・・と分かってきました。


後醍醐天皇側近の「北畠親房」は「神皇正統記」の中で、こう述べています。

「鎌倉幕府の命運は既に決まっていた。勝ったのは神の思し召しである。そもそも武士とは朝敵であった。家を取り潰されないだけでも余りある厚恩を賜っているのに、この上討幕の恩賞を望むとは何事か。武士たちは天の功を自分の功と思い違いしているのだ」

井沢元彦は、こういった思想は現在の「平和憲法が日本の平和を守ってきた」論に通じるものがあると述べています。詳細は長くなるので省略しますが、「軍隊は穢れ」といった思想は相当に歴史のある日本固有の根深い問題なんだな・・・と痛感しました。


【憲法とはなんぞや・・・】

歴史の話や自分の趣味の話からそれてしまうので避けたいのですが、「改憲=軍国主義」という思考、議論停止で果たしてそれでいいのだろうか・・・と常々思わされます。

憲法とずれますが、「独裁と民主主義」はどちらが正しいか?という歴史的な課題にも突き当たります。

戦後から21世紀初頭までのように平和な時代には、「政治・政局のワイドショー化」でものんびりでいいと思ってました。しかし、リーマンショック後、震災後、世界秩序も乱れつつある中で「波乱万丈な時期(日本はまだ緊急事態宣言中)」に民主主義は冗長すぎないか・・・とたまに考えさせられます。

憲法や民主主義を全否定するものではありませんが、ちょうど明治維新直後の合議独裁太政官制くらいのトップダウン政治の必要性も感じてしまいます。

というのも選挙制だと短期的な世論の影響が強すぎて、中期・長期的な政治的な課題をクリアするのは不可能なのではないか・・・と危惧してしまいます。


ということで、また読書に戻ります・・・