『旧唐書』倭国・日本国伝


日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名。或曰:倭國自惡其名不雅、

改為日本。或云:日本舊小國、併倭國之地。其人入朝者、多自矜大、不以實對、

故中國疑焉。又云:其國界東西南北各數千里、西界、南界咸至大海、東界、北界有

大山為限、山外即毛人之國。


日本国は、倭国の別種なり。

その国は日の出の場所に在るを以て、故に日本と名づけた。あるいは曰く、倭国は自らその名の雅ならざるを憎み、改めて日本と為した。あるいは日本は昔、小国だったが倭国の地を併せたという。

そこの人が入朝したが、多くは自惚れが大にして不実な対応だったので、中国はこれを疑う。また、その国の界は東西南北に各数千里、西界と南界いずれも大海に至り、東界と北界は大山があり、限界となし、山の外は、すなわち毛人の国だという。



『新唐書』日本伝


其王姓阿毎氏、自言初主號天御中主、至彦瀲、凡三十二世、皆以「尊」為號、居筑紫城


王姓は阿毎氏、自ら言うには、初めの主は天御中主と号し、彦瀲に至り、およそ三十二世、

皆が「尊」を号として、筑紫城に居住した。

「筑紫」=北九州