こんばんは。

戦場ヶ原は誰と誰が戦ったの?と聞かれて、少し調べ始めたことから、これまで興味のなかった古代史にどっぷりはまっちゃいました。

律令国家として奈良時代に朝廷が出来てきましたが、これは定説通り自分も有力氏族の共同体であることに異存はありません。

ヤマト王権は、これまで大和(奈良)、九州、出雲、吉備といった西日本の連合だと認識してましたが、北関東・南奥州の毛野氏族含めた王権が、朝廷内でもやや独立を認められていることや特別な位置付けであることに驚きました。

この関東王朝の支配圏は常陸、下野、福島あたりであることは推測してましたが、二荒山神社を調べると少し意外なことが分かりました。

日光の栃木を中心に福島、茨城、そして「新潟が栃木県並みに二荒(山)神社が多い」という事実です。



単純に考えると、勢力圏が新潟にも相当及んでいたことになりますが。。

新潟の古代史も少し調べてみたいなーと。

また徒然。